ポジティブプラス 23

美紗子さんが?

そんな……。

「どうしてですか?」

私は憤りを感じた。そういうことをサラリと言ってしまう美紗子さんに少し違和感を覚えた。そんな人だったの?

私のいた営業企画部を守ってくれるんじゃなくて、率先して廃止にするなんて……。会社の経営も大事かも知れないけど、それにしたって……。

「まあ、いろいろあるけどね。これからは各部署で企画を考えればいいと思って」

「それなら最初から営業企画部なんて必要なかったじゃないですか」

「そうよ、私は反対したのよ。でも強引に推し進められたの。いざ走り出してみると案の定。大した業績も出せないし、人員だって減ってるしね。あなたが抜けて、今はたったの4人でしょ」

確かに人は少ない。堂島部長以下3人しかいない。

「それにね、営業企画部には他の部署から欲しいっていう人もいるの。たとえば上田さんなんかは、元は商品開発部にいたでしょ。開発部の部長から上田さんを戻してくれって言われてるの。夏目さんもそう、彼女はデザイン部にいたの。そこの部長から、なんで夏目さんを引き抜くんだって、さんざん言われてたのよ。夏目さんもデザインがやりたかったみたいだし、戻った方が彼女の才能を発揮できるのよ」

なるほど、そういうことか。

「じゃ、坂上君は?」

「彼はね、カメラが好きみたいだから、撮影部に決まったわ」

「そうなんですか」

「そう、みんなそれぞれ、自分の才能を発揮できた方がやりがいがあるでしょ。その方が会社のためにもなるし」

なんだ、びっくりした。さすが美紗子さんだ。ちゃんと社員のことを考えてくれているんだ。

「で、いつ無くなるんですか?」

「そうね、とりあえず今抱えている仕事を全て終わらせてからだから、2月の異動を考えてるわ」

2月……。

「あ、堂島部長はどうなるんですか?」

「それが、まだ決定してないの。彼女にも一番いい異動をしてもらいたいけど、どうなることか……。部長職以上のものを考えてる。何も問題がないのに降格はありえないでしょ。もし最悪、どこにも行き場がなかったら、ここの部長を任せようと思ってるわ」

「え? CM制作部の、ですか? じゃあ、副社長はどうするんですか?」

「私はまた、自分の仕事一本に専念するわ」

なんだか風向きが変な方向に向いてきた。とても複雑だ。私にとっては、過去の恋人がまた戻ってくるわけだ。そして今の恋人は離れていく。仕事上では。

ユカリさんとまた一緒になれるのが嬉しいような、悲しいような。この気持ち、何と表現すればいいのだろう。ユカリさんとは喧嘩別れしたわけではない。あのときはユカリさんが私の出世を願って、自分から身を引いたのだ。

ユカリさんの処遇は気がかりだが、他の社員たちには良いことだった。私は自分だけが出世したことに後ろめたさを感じていたからホッとした。泣いても笑っても営業企画部はあと一カ月だ。その間にユカリさんの異動も決まる。

「それで、本題に入ろうか。CM制作の勉強はできた?」

「はい、まずは広告代理店を見つけるんですよね?」

「それはもう当たってある。明日先方に出向いて、打ち合わせするから、あなたも一緒に来て」

「はい」

なんだ。そうなんだ。だよね。今の時点で一から調べるなんてことないよね。

「問題はこちらのイメージを相手に明確に伝えることなのよ。それをこれから考えるからミーティングしましょ」

美紗子さんはそう言って、私のデスクの隣に座った。私にCM作りの勉強をしておけと言ったのは、すぐにミーティングできるようにか。

「まずはねウチのお店、そのものを宣伝したいと思ってるの」

「具体的な商品ではなく、お店をですか?」

「最初はその程度でいいと思う」

私もそれには賛成だ。

「どんなCMをイメージしてるんですか?」

「それをあなたに聞きたいのよ。あなたはどう? なんかいいアイデアある?」

私には漠然としたイメージがあった。

「そうですね、前向きというか、ポジティブなイメージなんかいいと思います。ドラマ仕立てなんかどうでしょうか?」

「ドラマか、いいわね」

「たとえばこんなのはどうでしょう。仕事で上司に怒られた若い女の子が落ち込んで、珈琲貴族のコーヒーを飲んで元気になる、というのは」

「シンプルだけど、わかりやすくていいかも」

こういうのを考えるのは得意だ。私って作家になれるかも。

「そして女優は今売り出し中の藤沢らんがいいと思います」

「藤沢らんって、去年、アカデミー賞獲った女優でしょ」

彼女が昨年主演した映画は日本アカデミー賞各部門を総なめだった。私も大好きな女優で、若干二十歳の女の子だ。

「私、前から考えてたんですけど、彼女はウチのイメージにぴったりだと思うんです」

「わかった。あなたを信じるわ。それでいきましょう」

翌日の広告代理店との打ち合わせで、そのコンセプトを明確に伝えた。細かいことは先方に任せることにしたが、売れっ子の女優を起用するとなると、経費が莫大にかかる。

そのことは釘を刺された。いくらかかってもいい。それをしのぐほど売り上げが伸びれば安いもんだ。そしてお店での撮影もある。その店にはぜひ横浜店を使うことを提案した。

早速、脚本を作り上げた。ストーリーには私が考案したものが、そのまま採用された。運よく藤沢らんのスケジュールも調整できた。撮影は2週間後だった。

はっきり言って、こんなに思い通りに事が進むとは思っていなかった。CM作りって楽しい。もちろん仕事をしている人たちは大変なのだろうが、私は依頼している側なので、自分で作るわけではない。

あんなに引っ張りだこの女優さんのスケジュールも確保できたなんて、奇跡だと担当者は言っていた。私はそんなツキも持っているのか?

2週間後に撮影は開始された。私と美紗子さんは現場へ向かい、挨拶がてら見学に行った。もちろん一番の目的は「芸能人に会える」だった。特に私はなんとしても藤沢らんに会いたかった。あって絶対に挨拶したいと思っていた。

撮影現場に行くと、お目当ての藤沢らんは来ていた。

あ! 来てる。すごい! 本物だ!

って、当たり前だが、初めて間近で見たのだ。感動するなという方が無理だ。第一印象は、顔小っさ、だった。体格もそれほど大きくない。私よりも少し背が低い感じだ。恵まれた体に羨望の眼差しを送っていた。

そして、待ち時間でのことだった。藤沢らんはマネージャーと一緒に、自分からこちらに挨拶に来たのだ。

ええ? こっちに来る。

私の緊張はマジで半端なかった。

「初めまして。藤沢らんと申します。よろしくお願いします」

「わざわざ、ありがとうございます。珈琲貴族の神取と申します」

美紗子さんは副社長らしく落ち着いて、名刺を取り出して渡している。社名はライジングサンだが、その名前はあまり知られていないので、あえて珈琲貴族と言ったのだろう。

次は私だ。

藤沢らんは私を見た。ドキドキ。私は慌てて、名刺を取り出した。手が震えた。

「あ、花沢と申します。よろしくお願いします」

振るえた手で名刺を渡した。うわー感動だ。

「花沢さん。よろしくお願いします。このたびは私を起用して頂いて、ありがとうございました。これからもよろしくお願いします」

そう言って彼女は頭を下げた。

なんて礼儀正しいんだ。スターなのに、それを鼻にかけた所が全くない。これなら人気が出るはずだ。私はますます藤沢らんのファンになってしまった。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

そして撮影は快調に行われた。

約一か月後に私と美紗子さんは出来上がったCFの試写会に呼ばれた。そこにはあの藤沢らんも来ていた。私たちは当然彼女に挨拶をした。CFのストーリーは、私が考案した通り、上司に怒られた、主人公の藤沢らんが落ち込んで、通りかかった珈琲貴族に入り、一杯のコーヒーを飲んで、また元気を取りどすといった内容だった。

その元気な顔が、とてもいい表情で、これなら今後の売上アップに繋がると思った。さすがアカデミー賞女優だ。

試写会が終わった後で、スタッフたちはそれぞれ少しの時間、歓談に入った。そんなとき、私は藤沢らんに声を掛けられたのだ。

「花沢さん、ちょっと」

手招きをする藤沢さんを見つけた。私はまた緊張した。あの藤沢らんが私に何の用だろう。

「よかったら、LINE交換してもらえませんか?」

「え? 私と?」

マジかーーーーーー! げ、芸能人とお友達になれる。こんなことってあるのか! 生きてて良かった。

「ダメですか?」

「あ、いえ、よろこんで」

私はスマホを出して、藤沢さんとLINE交換した。美紗子さんは、他のスタッフと話をしている。私たちには気づいていない。

私は藤沢さんとお友達になれたことで完全に有頂天になった。だんだん運が向いてきたぞ。そんな気がした。そのあと藤沢さんと一緒にツーショット写真を撮ってもらった。

メチャメチャ嬉しい。

翌日の午前中に、藤沢さんからLINEが来た。

「昨日はありがとうございました。花沢さんと少しお話ししたいのですが、お時間取れますか?」

おー、早速お誘いのメッセージだ。

「はい、夕方以降ならOKです」

「では、今夜7時に○×ホテルでお待ちしています」

行く行く。もちろん行きますよ。でも、引っ張りだこの女優さんなのに意外と暇なのね。たまたま時間が空いただけかな。

「了解しました」

ということで、私は仕事が終わったその足で、指定された○×ホテルに飛んで行った。

着いたのは7時少し前だった。時間に遅れてはいけないと思い、急いで来た。ホテルの一階ロビーを見渡したが、それらしい人はいなかった。私はスマホを取り出して、LINEを送った。

「今、一階のロビーにいます」

「エレベータで6階に来てください。603号室です」

私はドキドキして、エレベータに乗り込んだ。一体なんの話だろう。もちろん仕事に関する話だろうが、それなら美紗子さんを通すべきなのだ。部下の私に何の話があるのだろうと、疑問を持ちながら、私はエレベータで6階に上がった。

6階に着いて、廊下を歩くと、603号室はすぐに見つかった。インターホンを押す。

中からドアが開けられた。

「どうぞ」

「失礼します」

失礼のないように私は目いっぱい注意して中に入った。

「お疲れ様です」

頭を下げて、丁寧に挨拶する。

「そこ座って」

藤沢さんはソファを指して、私に言った。なんだか高級そうなソファだ。私は返事をして、言われたとおりにソファに座った。

「コーヒーでいい?」

「はい、ありがとうございます」

なんとなく藤沢さんの様子が違う。前回会った時は、もっとソフトで柔らかい感じがあった。でも今は、少し冷たい感じだ。笑顔はまったくない。それは厳しかったころのユカリさんを思わせた。きっとよほど大事な話なのだろう。

コーヒーを淹れると、藤沢さんは目の前のテーブルに置いてくれた。

「ありがとうございます」

私はまた丁寧に頭を下げた。否応なく緊張してくる。

藤沢さんは隣に座って脚を組み、コーヒーを一口飲んだ。

「どうぞ」

私がぼーっとして座っていると、藤沢さんは言った。以前の藤沢さんとはまるで別人だ。表情はまったく違うし、清純派のイメージではなく、妙に大人びた感じだった。話し方にも棘がある。

「はい、頂きます」

とりあえず、コーヒーカップを手に取り、私もそれを口に含んだ。ウチのコーヒーと比べると、はるかにマズい。

「……あのぅ、お話というのは……」

何も言い出さない藤沢さんに業を煮やして私は言った。

「私と契約してくれない? 長期の契約」

「長期契約?」

「珈琲貴族のCMで。とりあえず2年契約。悪い話じゃないと思うけど」

長期の契約ということは、今後も珈琲貴族のCMに出てもらえるということだ。

「本当ですか?」

確かに悪い話じゃない。それが叶えばチョー嬉しい。間違いなく売上は安定する。

「ただし条件があるの」

藤沢さんはコーヒーカップを置いた。高飛車の態度だ。

「はい、なんなりと」

契約してくれるなら、どんな条件だって構わない。

「私と寝てくれない?」

は? 

そう思って唖然としてると、藤沢さんはいきなり私の腕を掴んで、引き寄せ、強引にキスした。私はなすすべもなく、身を任せるしかなかった。

「嫌い? こういうの」

唇は離して、藤沢さんは言った。驚いた私は、どう答えていいか分からなかった。

藤沢さんも、まさかのビアン……。

同類……? 私の中で藤沢さんのイメージがドンドン崩れていく。

要するに私は枕営業を求められているのだ。どうしよう……。

藤沢さんは馴れ馴れしく、私の肩を抱いたまま、じっと私の答えを待っている。私は迷った。すぐに答えは出せない。藤沢さんと寝るということは、美紗子さんを裏切るということだ。そんな返事はすぐには出来ない。でも、会社のためにこの契約は欲しい。彼女が味方につけば鬼に金棒だ。

「その返事、今すぐでないとダメですか?」

「できれば今すぐ」

「でも、会社に戻って、上に相談してみないと……」

「あのオバサン?」

オバサンって、美紗子さんのこと? なんて口が悪いの、この人。こんな人だったんだ。ガッカリだわ。

「大丈夫よ。私との契約の話をすれば、二つ返事で承諾するわ」

傲慢な女ね。ムカつくわ。でも今はそんなこと言っていられない。すぐに答えを出さないと。私より年下のガキのくせに生意気だけど、確かに彼女の実力は折り紙付きだ。是が非でもこの契約は欲しい。

美紗子さんは私を引き抜いて、良いマンションを与えてくれて、それなりの報酬も用意してくれたのだ。そして「いい仕事をしなさい」と言ってくれた。それはかなりのプレッシャーだったが、これが「いい仕事」と言えるのだろうか?

この生意気なガキんちょの顔を2,3発ぶん殴って、「バカにしないで!」と啖呵を切りたいところだが、情けないことに今の私にはそれが出来ない。

えーい、綺麗ごとだけでは、世の中渡っていけない。業績も上がらない。ここは心を鬼にして、会社に貢献しよう。もう貧乏には戻りたくない。ときにはプライドを捨てる覚悟がなければ、人生は掴めないのだ。

「どうする?」

藤沢さんは訊いた。

「わかりました」

私がそう答えると、藤沢さんは眼つきが変わった。私をとろけたような目で見る。こんな顔、映画で見たことがある。さすが女優だと思った。すでに演技に入っている。自分の気持ちを盛り立てて、私との時間を愉しもうと思っているのだ。

そういう気持ちで迫られると、私の心にも火が付く。


つづく・・・



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# by sousaku63 | 2017-04-15 09:49 | ポジティブプラス | Comments(0)

ポジティブプラス 22

同じ会社の子に手を出したってこと……?

うそ…… ショック……。

私の想像する美紗子さんとは違う。だから嫌いということではないが、かなり意外だった。どういう経緯で美紗子さんとその人が恋仲になったかは知らないが、こればっかりは理屈ではないのだ。人を好きになってしまったのだから仕方がない。美紗子さんの中では黒歴史だろう。

美紗子さんは私に告白したまま、俯いて、目を合わせようとしない。

「ごめんなさい」

「いえ。美紗子さんのことだから、よっぽど好きだったんでしょうね」

「うん、好きだった」

そんなにはっきり言われると、少し妬けてしまう。今も、その人のことが忘れられないのだろうか。

「だから、もう人を好きにならないって決めたの」

その言い方はまるで、自分に言い聞かせているようだ。

「一生……ですか?」

「そうね」

美紗子さんはため息交じりに言った。

私のことも好きではないのだろうか? 

「さあ、もう寝ようか。今日は疲れたでしょ」

美紗子さんはさっさとお開きにしてしまった。「片づけは明日やればいいから」そう言って、それぞれの部屋に入室した。

私も一旦は自分の部屋のベッドに横になったが、寝付けずにベッドを降りて、美紗子さんの部屋に行った。

「美紗子さん、もう寝ました?」

「うん? どうしたの?」

美紗子さんはベッドに横になったまま、私を見て言った。大きなダブルサイズのベッドに一人で寝ている。これは広すぎるだろう。枕だって二人分ある。

「一緒に寝ていいですか?」

そう言いながら、同じベッドに入り、掛布団を被った。

「いいけど……どうしたの?」

少し戸惑っているようだ。さっきの話の後で、一緒のベッドに寝るわけだから、クエスチョンが付くのはわかる。

「一人じゃ寝られなくて」

「あなた一人暮らしじゃない」

「そうですけど、部屋が広くて落ち着かないんです」

私は美紗子さんの腕に絡みついた。

「彩さん……」

不安な色を含んだ美紗子さんの声だった。

「ミーちゃん、宿題見てあげようか?」

私がそう言うと、美紗子さんは急に吹き出した。笑いが止まらないらしい。お腹を抱えて笑っている。

「もう、やだ。彩さんたら。あんな話しなきゃよかった」

私は構わず「ミーちゃん」と呼んだ。

「ミーちゃんっていいですね。私もこれからそう呼びますね」

からかうように私が言うと、笑い交じりに「どうぞ」と言った。

「一生恋をしないなんて、寂しくないですか?」

「……寂しいわよね」

美紗子さんは真顔になった。

「私のことも、好きじゃないんですか?」

美紗子さんは私をじっと見つめた。

「彩さん……あなたも……?」

「自分でもどうなのか分かりませんけど、美紗子さんのことは好きです」

「彩さん……」

私は体を起こして、上から美紗子さんを見下ろした。二人で目を見つめ合って、視線を絡ませた。

「私は、死んだりしませんよ」

私がそう言うと、美紗子さんは両手を伸ばして私を力強く抱きしめた。そして唇を絡ませる。箍が外れたように美紗子さんは私を求めた。

「あ……好き、大好きなの。初めて見たときから好きだったの」

私の耳元で囁くように言う。

「私もです。美紗子さん綺麗で、一目ぼれしちゃったんです」

「そうなの? だから気が合ったのね」

私もそれは実感した。しかし副社長という鎧に怖気づいて、自分を出し切れなかった。

「私を引き抜いてくれて、ありがとうございます」

「欲しいものは何でも手に入れるのよ、私は」

私たちは何度もキスを交わした。その夜はそれ以上のことはなく、私たちは抱き合ったまま眠った。とても満たされて、胸がいっぱいになった。

翌朝、気持ちのいい陽光が差し込み、目が覚めたら部屋は明るくなっていた。横には美紗子さんがいた。

「おはよう」

「おはようございます」

美紗子さんはもう起きていた。私は嬉しくてまた抱き付いた。

「私は独占しませんから安心してください。ていうか、離婚したらダメですよ」

「ええ?」

「なんだかんだ言っても、今の旦那さんと一緒になったから幸せなんだと思いますよ。ゲイとレズの夫婦でも、それで幸せならいいと思います」

「ありがとう、理解してくれて。また好きになっちゃった。どうしよう」

私の髪を撫でながら言ってくれた。そんなに愛されると、私も嬉しい。しかし、この幸せがいつまで続くのかと思うようになってしまう。優しくされると怖くなってくる。この愛がいつかは終わるような気がして。

ハワイでの日々も一日一日が風のように過ぎていった。楽しいときは時間が過ぎるのが早い。

美紗子さんが昔付き合って自殺した子はその後どうしたのか? 事件のとき、すぐに旦那さんに相談したらしい。旦那さんにはすべてを話して理解してもらい、表向けには自殺ではなく病死ということにしたそうだった。会社内での美紗子さんの地位を守るためと、社員の動揺を防ぐためだ。

美紗子さんは責任をとって、退職することを望んだが、旦那さんはそれを拒んだ。会社には必要な人間だし、やはり世間体を取り繕うことを選択したようだった。そう説得されて、美紗子さんは思いとどまったそうだった。

私は美紗子さんが不憫だった。そんな事件があったのに会社に残ることはとても苦痛だし、残酷なことだ。でも、退職していたら、私との出会いもなかったのである。私としては複雑だ。

「彩さん、ずっと私の傍にいてね」

ハワイでの最後の夜に、美紗子さんは私に言った。ソファでまったりしているときだった。

私もそのつもりだ。貧乏だった私が、美紗子さんのお陰で、富裕層の仲間入りをしようとしている。もうあの頃には戻れない。私も美紗子さんから離れるわけにはいかないのだ。

「それは私のセリフですよ。私のこと捨てないでくださいね」

「そんなことしない。今度こそ好きな人を離さない」

私は美紗子さんの感情に嘘はないと思った。

「意地悪な質問していいですか?」

「なに?」

「もしも、私が旦那さんと離婚して、って言ったらどうしますか?」

「するわ!」

間髪入れずにきっぱりと言った。嬉しいけど意外だった。

「だって、もうあんな思いするの嫌だもん。今度あんなことがあったら、私も生きてはいないと思う」

私を失うことは、美紗子さんの死を意味するってことか。まさしく命がけの恋だ。

それにしては、いつまで経ってもキスだけだった。「好き」「愛してる」というわりには、美紗子さんは私にそれ以上のことをしてこない。それだけ私のことを大事に思ってくれているのだろうか? それとも過去の人を忘れられないのだろうか?

訊いてみれば早いのだろうが、私は美紗子さんがその気になるまで待ちたい気もする。ムリに抱いてもらうのは違うような気がするのだ。

「美紗子さん、どうして私を抱かないんですか?」

やっぱり訊いてしまった。胸の中のモヤモヤに耐えられない。

「……ごめんなさい」

美紗子さん視線を逸らして、そう言った。

「やっぱり過去のことを気にしてるんですか?」

「ごめん……それは……」

「言ってください、私、何を聞いても驚きません」

美紗子さんは私を見つめた。まだ迷っているようだった。

「美紗子さんのことを全部知ったうえで、過去のことも総て含めて、愛したいんです」

「彩さん……」

私は口を噤んで、美紗子さんの告白を待ち続けた。今、辛いことを話そうとしているのは分かる。それを乗り越えないと本当の幸せは来ない気がするのだ。

美紗子さんは決心したように、おもむろにソファから立ち上がった。私に背を向けると、なぜかスカートを脱いだ。

え……?

そして、こちらに再び振り向いた美紗子さんを見て、私は息を呑んだ。目を見開いてそれを見たのだ。

美紗子さん……!

美紗子さんの太ももの内側にタトゥーが入っていたのだ。

それは人の名前だった。「美知」と彫られていた。自殺した子の名前だと、すぐにわかった。太ももの上部で、スカートを穿いてしまえば、外からは見えない所に彫ってある。

何を聞いても驚かないつもりだったが、私は絶句してしまった。

「美紗子さん……これは……」

「過去に私が愛した人の名前よ。私の体の中には今も彼女が生き続けているの。彩さん、これでも私のことを愛せる?」

さすがにすぐには頷けなかった。愛し合うたびに、その名前が目に入るのだ。抱かれることが地獄になる。私はその場にへたり込んだ。もう、美紗子さんと肌を合わせることはできないのだ。

「美知も同じところに、私の名前を彫ったのよ。なのに彼女は死んでしまった」

美紗子さんはスカートを穿いて、ソファに座った。

美知さんは、自分以外の女を愛せないように、その名前を彫らせたに違いない。そこに彼女の怨念を感じる。たとえタトゥーを消しても、後は残る。そのたびに私も辛い思いをするのだ。

私は涙が出てきた。

「ひどい……こんなの、ひどすぎます。だったら、どうして私に声を掛けたんですか……」

涙はとめどなく流れ出た。

「ごめんなさい。彩さん……」

美紗子さんは優しく私を抱きしめた。私はそれを振りほどいて、自室に走った。ドアを閉めて、ベッドに体を投げ出した。布団が私の涙を吸っていった。美紗子さんに見せられた真実は衝撃的だった。

その晩、私は夜中の3時まで眠れなかった。美紗子さんも私に気を遣ってか、部屋に入っては来なかった。どう心の整理をつけたらいいのか。もう後戻りは出来ない状況なのだ。私はこのまま美紗子さんと生きていくしかない。

私は、何かが乗り移ったように、ベッドから飛び降りた。そして部屋を出た。

美紗子さんはまだ起きていた。ソファに座って一人でワインを飲んで、私を待っていた。

「彩さん……」

私は美紗子さんの前に立った。そして、美紗子さんの顔を思いきり殴った。美紗子さんは髪を振り乱して、頬を押さえた。

「殴って気が済むなら、いくらでも殴って」

上目遣いで、美紗子さんは私を見た。目を逸らすことはしなかった。

「今、美紗子さんの中にいる悪霊を追い払いました。もう美知さんはいません」

私は、美紗子さんに跨るようにして抱き付いた。

「私の方が、好きなんだから。美知さんよりも、ずっとずっと美紗子さんのこと愛してるんだから」

「彩さん……」

「負けないんだから。美知さんに呪い殺されたっていい。絶対に美紗子さんから離れない」

「彩さん、ありがとう。嬉しい……。生きてて良かった……、何度死のうと思ったことか。そう言ってくれる人がいるなんて思わなかった」

美紗子さんは私の耳元で嗚咽を洩らした。

「美紗子さん、抱いてください。今すぐ」

私たちはハワイでの最後の夜、美紗子さんの寝室で思いきり愛し合った。

翌朝、美紗子さんの声で私は目を覚ました。

「彩さん、起きて、ヤバい、寝坊しちゃった」

私は寝ぼけ眼で、目を開けた。外からの光が眩しくて、目を開けづらかった。

「んー? 何時ですか?」

「もう11時よ。早くしないと、飛行機に間に合わない。目覚まし掛けないで寝ちゃったから」

そうだった。私は生まれたままの姿だった。美紗子さんは慌ただしくブラを付けて、ショーツを穿いていた。

昨日は夜中の3時を過ぎてから、2人してベッドで戯れ合ったのだ。美紗子さんの愛撫で何度もイってしまった。私のぎこちない愛撫にも美紗子さんは感じてくれた。その余韻を楽しんでいる間に、お互い眠ってしまったのだ。目覚ましなんか掛けられるわけない。

朝のまったりした時間を過ごそうと思ったのだが、寝坊してしまったのだから、それも叶わない。

「1日ぐらい会社休んだっていいじゃないですか? 副社長の権限で」

私は呑気に、支度している美紗子さんを見ながら言った。

「それがそうはいかないのよ。明日は役員の新年交礼会があるから顔出さないとダメなの。何にもなければ休んじゃうけどね」

「そんなに大事な行事なんですか?」

「大事なのよ。だから慌ててるんじゃない」

忙しく動き回りながら、美紗子さんは言う。

仕方がない、私も支度をするか。私の支度なんて、たかが知れてる。ものの10分もあれば終わってしまう。荷物を詰め込んで、服を着たら準備完了だ。メイクはしなくていい。あまり気にしない。

美紗子さんは違う。しっかりとメイクをする。言っては悪いが、その辺は年齢の差かも知れない。すっぴんでは街を歩けないということか。

とにかく30分で全てを済ませて、別荘を出た。名残惜しむ時間も与えられずに、私たちは空港に急いだのだ。

「あー、焦った。なんとか間に合ったわね」

ギリギリセーフの状態で飛行機に乗り込み、座席に座ると、美紗子さんは言った。

美紗子さんの話では、副社長だからといって、何もかも自由ということではないようだ。これは社長もそうだが、問題行動があまりにも目に着いたりすると、役員会にかけられて、解任されることもあるらしい。

美紗子さんも副社長を解任されたら、今の暮らしとはサヨナラしなければならない。また元の木阿弥で、一般人のような生活に逆戻りなのだ。もちろんハワイの別荘なんて維持できない。人間というのは一度、甘い汁を吸ってしまうと、それを手放したくなくなる。

新年交礼会を欠席するなんて以ての外なのだそうだ。それですぐに解任ではないが、そういうことの一つ一つが積み重なると、役員会にかけられるのである。

美紗子さんが副社長を解任されたら、私だって今の生活を捨てなければならないのだ。私の出世は美紗子さんあってのものなのだから。

私は飛び立った飛行機の中で、美紗子さんと手を繋いだ。

「昨日は気持ちよかったです」

私はそっと美紗子さんに耳打ちした。美紗子さんは笑った。

「もう、やめて、こんなところで」

「え? どこならいいんですか?」

「いいの、そういうことは」

「今度はいつエッチします?」

「それいちいち日程決めるの?」

もちろんジョークのノリだ。2人してクスクス笑った。

「あーあ、夢の時間は終わりか。明日からまた仕事なんですね」

現実に引き戻されるのだ。私のテンションはがた落ちだ。

「そうよ、気を引き締めて、がんばってやりましょ」

「そうですね」

今回の旅行で何かあると思ったが、やっぱりあった。それも私の理想通りの展開になった。美紗子さんの過去の話を聞いて衝撃を受けたが、それでも親密になれたのだから、私としては嬉しいことだった。

美紗子さんの体に彫られたタトゥーも、最初は驚いたが、今はそうでもない。ないと言ったら嘘になるが、峠は越えたというべきか。逆に美紗子さんの方が嫌かも知れない。私と肌を合わせる度に、それを私に見られると思うと、やっぱり苦痛だろう。

新年最初の出勤日、私は一人でオフィスにいた。午前中は新年交礼会で副社長はいない。また今日から美紗子さんのことを副社長と呼ばなければいけないのだ。会社では。

今年から本格的にCM制作に打ち込む。私はパソコンを使って、CM制作についての情報を集めた。それは美紗子さんの指示だった。

お昼の少し前に美紗子さんはオフィスに戻ってきた。

「お疲れさまです」

私は元気に挨拶をした。美紗子さんは無表情で「お疲れさま」と言った。冴えない顔で自分のデスクに座り、開口一番で言った。

「あなたがいた、営業企画部の廃止が決定したわ」

「え! 本当ですか?」

「今、役員会で決定したの」

椅子から立ち上がって、私は美紗子さんのデスクに駆け寄った。美紗子さんに笑顔は無い。

前から聞いてはいたが、ついにそのときが来たのだ。

「どうしてですか? 一体、誰がそんなことを言い出したんですか?」

「私よ」

「……え」

私は消え入りそうな声で言った。


つづく・・・



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# by sousaku63 | 2017-04-10 11:24 | ポジティブプラス | Comments(0)

ポジティブプラス 21

ホノルル空港までは約6時間かかる。

その間、美紗子さんといろんな話が出来る。私は遠慮せずにいろんなことを話しかけた。

「横浜店舗の企画って、本当は私の仕事じゃなかったんです」

「え? そうなの」

本当は登坂さんと荒川さんの仕事だったことを話した。そして、それがどうして私の仕事になったかの経緯も、世間話のつもりで言った。

「ええ! そんなことがあったの?」

美紗子さんは眉間に皺を寄せた。心底怒りを露わにした。

「堂島部長に相談したら、その二人は即刻クビにしてくれました。2,3発ぶっ飛ばしたみたいですよ」

「当たり前よ。私なら蹴り入れてるわ。そんなクズを入れるなんて、人事は何をしてるのかしら。ごめんね。全ては私の責任よ。辛い思いをさせちゃたわね」

美紗子さんは人事の採用の仕方に腹を立てた。

「いいえ、そのお陰で、今飛行機に乗ってるんですから」

私は笑顔で言った。

楽しく話をしていると6時間なんてあっという間だった。ホノルルに着いたのは早朝だった。タクシーに乗り、まずは美紗子さんの別荘に向かった。そこはカラカウア通りに面したタワーマンションだった。

35階建ての建物で20階まで上がった。

「さあ、どうぞ」

美紗子さんは扉を開けて、私を中に入れてくれた。室内は外からの日差しで明るい。それを見てもちろんテンションアップだ。

「うわー! 広い。ステキー!」

私はバルコニーに出た。そこも広い。まだ朝が早いので、そんなに日差しは強くない。でも素晴らしい景色なのはわかる。海が一望でき、周りには同じようなタワーマンションやホテルが林立していた。

この部屋の分譲価格は訊かないことにした。

「全部見ていいですか?」

「どうぞ」

その言葉を聞く前に体が勝手に動き出していた。リビングにはL字型にソファが置いてあり、そこからでも外の眺望を眺めることができる。そしてベッドルームが二つあり、それぞれベッドが置いてあった。この広さならファミリータイプなので、ベッドが4人分あってもおかしくない。一つはダブルサイズだった。そのほかにバスルームも2つあった。

「広いですね」

キッチンで飲み物を準備している美紗子さんに私は言った。

「ここには社長も来るんですか?」

「来ないわよ。ここの場所知らないしね」

「そうなんですか?」

「ハワイに別荘を買ったことは言ってあるけど、場所までは教えてないの。あまり興味がないみたい」

「じゃ、美紗子さん一人で使ってるんですか?」

「そうなの。寂しいでしょ。たまに両親を呼んだりしてるけどね。身内以外では彩さんが初めてよ」

そうなんだ。感慨深い。私なら一人でもいい。誰にも気を遣わずに一人でのんびりとしたいと思う。本当に贅沢だ。

「そうなんですか。いいな、憧れちゃうな、こういうの」

「あら、彩さんだって頑張れば別荘の一つぐらい買えるわよ」

「ムリムリ。私なんか絶対無理ですよ」

顔の前で手を振った。私がハワイに別荘を買うなんて夢のまた夢だ。

「そんなことないわよ。私が稼がせてあげるから。頑張って」

美紗子さんは拳を握って、力強く言ってくれた。

「私ね、そういう意味もあって、あなたをここへ連れて来たの。こういうのを見れば頑張って稼ごうと思えるでしょ」

まあ確かに。憧れる生活だ。頑張ってハワイに別荘を買おうという気にもなる。

「美紗子さんもこんな生活に憧れたんですか?」

「そりゃそうよ。連休を利用して、ハワイでのんびり過ごすなんて最高の贅沢じゃない」

でも、美紗子さんの場合は、玉の輿に乗ったからな。私にそんなことが出来るだろうか? ちょっと疑問だ。

「もう少ししたら、買い物行こうか」

「さーんせー!」

まだ、朝が早い。少しのんびりしてから外に出ることになった。

「彩さん、こっちの部屋使って」

美紗子さんが言った。ベッドが二つ置いてあるベッドルームだ。一人で独占できるなんて嬉しすぎる。その部屋からも外の景色が見える。私は窓を開けて、外の風にあたった。これがハワイの風か。そう思うだけで気持ちいい。

お昼過ぎに別荘を出た。美紗子さんの別荘から少し歩けばワイキキだった。私たちはまずワイキキエリアを散策した。いろんなグルメのお店がたくさんあった。どこを見ても美味しそうだ。

「何か食べようか? お腹空いたでしょ」

私はどの店に入っていいかわからないので、全て美紗子さんに任せることにした。美紗子さんについていくと、ステーキハウスに入った。ちょうどお昼時で、中は混雑していた。それでもなんとか席に座ることができた。

オーダーも美紗子さんに任せた。「これがね絶品なのよ」と言って注文したのはロコモコだった。ゴハンの上にハンバーグが乗っていて、ボリューム満点だ。

一口頬張ると、肉汁がじゅわっと出てきてジューシーだった。

「おいしー!」

私は感動した。こんなハンバーグ食べたことがない。これはヤバイ、ヤバすぎる。これを食べただけでも、ハワイに来た甲斐がある。

たらふく食べたあとは、ショッピングだ。

お土産ものからファッションのお店までたくさんある。買わなくても見て楽しむだけでも十分だった。ハワイと言えばムームーだ。美紗子さんは私に合うムームーを買ってくれた。食事もご馳走してくれたし、そこまでお世話になっていいのかなと、最初は思ったが、そのうちにマヒしてきてしまって、自分は財布を出さずに美紗子さんが支払いをするのを待つようになってしまった。本当に母親みたいだ。

いろんな店を歩き回ったせいで、すっかり足が痛くなってしまった。こんなに歩くことは普段ないからだ。日が暮れたのを機に、私たちは別荘に戻ることにした。途中の帰り道に寄った店で、食べ物や飲み物を買い込んだ。その袋を二人して「重い、重い」と言いながら、ようやく部屋に着いたのだ。

私は床に、美紗子さんはソファに倒れ込んで、手足を投げ出した。

「つかれましたー」

「うん、つかれたねー」

口々に二人でそう言って、しばらくは目を閉じてそのまま動けなかった。でも、気持ちのいい疲れだ。仕事じゃなく遊び疲れたのだから。

夜も更けて、買って来たもので夕食を済ませた。そして食後にはワインだ。

二人で協力して、バルコニーに小さなテーブルセットを出して、そこで夜景を見ながらワインを飲むことにした。

「私、あまり飲めないんです」

と言ったが、「一口ぐらい飲めるでしょ」と言われ、グラスに注いでもらった。私には酔うと、とんでもないことになるという危険がある。前回は夏目さんと飲んで失敗した。あんな醜態を美紗子さんの前で晒したくない。

それにムードを壊してしまうことも嫌だった。

二人で椅子に座って、とりあえず乾杯した。私の髪を夜風がなびかせた。夜の風も心地いい。

「いい風ですね」

「うん」

美紗子さんはワイングラスを片手に、物思いに耽るように目を閉じている。まるでセレブのようだ。美紗子さんにはその姿が良く似合う。私はまったく絵にならない。

百万ドルの夜景とういほどではないが、それでも夜の街も美しい。目を奪われる。本当に幸せな気分だ。

「ねえ、彩さん。一つ訊いていい?」

改めて言われると、なんとなく緊張する。

「彩さん、知ってるよね? 私がどういう女か」

なんなんだろう、突然。その質問にドキッとした。

「……はい」

急に私は伏し目がちになって、トーンを落とした。

「今回のハワイ旅行に誘ったってことは、当然、そういうことも考えられるわけじゃない? 同じ部屋に寝るわけだから」

「あ、はい、まあ……」

美紗子さんも少し恥ずかしそうだ。この雰囲気の中で、下ネタに発展するのだろうか? それとも、……ここで?

「だけど、一緒についてきたってことは、……OKってこと? かしら」

ええ……? 答えにくい。なんて言えばいいんだろう。

「……そう、ですね……。でも、美紗子さんは絶対そういうことはしないと思ってました」

「どうして?」

「同じ会社の女には手を出さないでしょ?」

美紗子さんは失笑した。

「そんなのわからないわよ。お酒に酔ってってこともあるし、ハワイには開放感もあるし、私が羽目を外すかも知れないしね」

そう言われて、私はワイングラスをテーブルに置いた。

「外すんですか? 羽目」

「さあ、どうかしら? それならそれでいいと思った?」

美紗子さん絶対私をからかってる。私の答えを楽しんでいる感じだ。

「いいんじゃないですか? ハワイに来た時ぐらい羽目を外しても」

「あら、強気ね」

意味深な笑みを張りつかせて、美紗子さんは私を見た。

「押し倒しますか? 私を。上司と部下の一線を越えて」

「どうしようかな……?」

そんな気もないくせに。

私はワインを口に含んだ。美紗子さんはしばらく黙り込んで、夜風を楽しんだ。

「美紗子さんて、ずっとレズなんですか? 小さいときから」

「うん……」

美紗子さんは少し頭の中で整理してから口を開いた。

「初めてのときは、小学校の4年生だったかな?」

そんな歳で? ませてる。

「近所に、年上の女の子がいてね。その子は6年生だったけど。近所っていうだけで、ほとんど遊んだことがなかったの」

うんうん、それで?

「いつも通学するときは同じ班だったから、私もなんとなく好きになっちゃってね。頼りになるお姉さんみたいな子だったから。それで、夏休みのときだったかな? 両親は共働きで二人とも家にいなくてね。私は退屈で、近所を歩いてたら、その子にばったり会っちゃったのよ」

「うん、それで?」

副社長に対して「うん」って言ってしまった。

「その子が言ったの。何してるのって。私が、別に、って言ったら、宿題終わった? 聞かれて、まだ、って言ったの。そしたら、見てあげようか? って言ってくれて、一緒に家に来てくれたのよ」

「美紗子さんの家にですか?」

「そう。二階に上がって私の部屋に連れてきて、夏休みの宿題を見てもらってたのよ。最初は、本当に勉強してたんだけど、そのうち急に優しくなってね。私の肩に手を回して来たの。それでもまだ、当時は、そういうことが分からなかったから、そのままにしてたらね」

「はい」

「ミーちゃんて可愛いね、って言ってくれて、抱きしめられたのよ。私もなんだか嬉しくなってきて、そのままになってたの」

めっちゃドキドキする。その先を早く聞きたい。

「そしたら、最初はおでこにキスされたの。胸のあたりにゾクってきたわ。その子がね、言ったのよ。ミーちゃんキスしたことある? って」

えー! その子もませてる。普通小6でそんなこと聞く?

「私は首を振ったの」

美紗子さんも当時を思い出して、首を横に振る真似をした。

「そしたらね、じゃあ、してみようか? って言って。私はなんて答えていいか分からなくて、動けずにいたんだけど、だんだんその子の顔が近づいてきて、誰にも内緒だよって言うの。私もその子のことが好きだったから、されるがままになってたの。目を瞑ってって言われて、目を閉じたら、その子の唇が、私の唇に触れたのがわかったの。もう、ドキドキしちゃってね」

そりゃそうだろう。私だって、今聞いていてもドキドキする。下手な官能小説よりもずっと面白い。

「それが初キスですか?」

美紗子さんは頷いた。

「それで? どうしたんですか? そのあと」

美紗子さんは私を一瞥して、微笑を浮かべた。

「こっちへおいで、って言われて、ベッドに寝かされたの。その子も私の隣に一緒に寝てね、またキスしてきた。まだ6年生だったけど、すごく大人に思えてね、私、ドキドキが止まらなくて、心臓が爆発しそうだった」

私もだ。話を聞いただけで、興奮してくる。ちょっとヤバい。美紗子さんの話にどんどん引き込まれていく。

「その子もきっと初めてのキスだったんじゃないかな。私もキスしているうちに、なんだか変に気分になってきちゃってね。でも、どうしていいか分からないの。体中が熱くなってくるのはわかった。そしたら急に怖くなってきちゃったの」

子供ならそんなもんだろうか。

「大人の世界に踏み込んだみたいでね。こんなことしちゃいけないんじゃないかって思えてきちゃって。でも、心は裏腹なのよ。体は欲しがってるの。私がおかしいのかもしれないけど」

「それで、どうしたんですか?」

「その日はそれで終わったけど、あまりに衝撃的でね、夜は眠れなかった。その子のことが頭から離れなくてね。次の日もその子の家の近くまで行って、ウロウロしてたらね、その子が出てきて、ミーちゃん、宿題見てあげようか、って言ったの」

また宿題か。宿題という言葉が妙にエロく聞こえてくる。

「私は、うん、て頷いて、私の部屋で、今度はいきなり抱き合ったの」

完全にそれ目的じゃん。

「もう二人とも恥ずかしさもなかった。本能のままにキスしてた。その子も前日は眠れなかったと思う。それからは、夏休みの間中、昼間会って、抱き合ってキスしてたわ。私は本当にその子が好きだったし、その子も私のこと好きって言ってくれたの」

「じゃあ、恋人同士だったんですね?」

「そうね、その頃はそんな風に思わなかったけど、私はその子のことばかり考えていたから、きっとそうだと思う」

「それからどうしたんですか?」

「夏休みが終わったら、あまり会う時間もなくなって、でもたまに会って、近所の神社とか、誰も来ないところでキスしてた。そんな関係が、その子が卒業するまで続いたかな。中学校に通うようになってからは、向こうが部活とかで忙しくなって、そのまま自然消滅みたいな感じね」

「それっきり会ってないんですか?」

「会った。一度だけ。大学を卒業して実家に帰ったときにね、その子もたまたま里帰りしてたの」

「じゃあ、感動の再会じゃないですか」

「うん、そうだった。その子の家の前でバッタリ会ったの」

「どうだったんですか?」

メチャメチャ気になる。また宿題を見てもらったのか?

「すっごく綺麗になってた」

美紗子さんなんだか嬉しそうだ。

「それで? それで?」

「うん、昔を懐かしんで、家に来る? って言ったんだけど、やめとくって言われてね。それでおしまい」

「じゃあ、今でもレズかどうか分からないですね」

「そうね、そのときだけだったかも知れないし」

「いい思い出ですね」

美紗子さんはクスリと笑って何も言わなかった。

夜風が火照った顔を撫でて気持ちが良い。ムード満点な夜だった。

「ところで美紗子さんはどうして恋人を作らないんですか?」

それを言うと、少し落ち着かない表情になった。唇を噛んで、話すのを躊躇っているように見える。深刻な話なのだろうか?

「あ、ごめんなさい。私、無神経なこと訊いちゃって」

あわてて取り繕った。言葉を探して、黙っていると美紗子さんは口を開いた。

「もう、5年ほど前だったかな」

私は美紗子さんを見つめた。

「愛し合ってる人がいたの。女性よ。一年ぐらい付き合ったけどね。当時、私はもう結婚してたけど、主人とはそんな風だから一緒に住んでたのよ」

「不倫ですか? 一応」

「そうなるのかな? 最初のうちは楽しくて、うまくいってたんだけど、一緒に暮らしているうちにね、だんだん関係がこじれてきちゃって。彼女、私を独占しようとして、主人と離婚しろって言い始めたの」

離婚? そこまで……。ちょっと怖い気がする。

「そんなことは出来ないって言ったんだけど、頑として聞かなくて、挙句の果てに手首を斬ってしまって……」

「ええ……、どうなったんですか?」

美紗子さんは悲壮感の漂う顔つきになって、首を横に振った。

「私のせいなのよ。彼女を追い込んだのは……」

鼻声で言葉を詰まらせた。

「そうだったんですか。そんな辛いことが……」

「だから恋をするのが怖くてね。また誰かを死なせてしまうんじゃないかと思って」

思い出したくない過去を思い出させてしまった。私って本当に無神経だ。美紗子さんは声を押し殺すように泣いている。私は立ち上がって、美紗子さんの傍に寄って、肩を抱きしめた。

「ごめんなさい。辛いことを思い出させてしまって」

「ううん、ごめんなさい……こんなつもりじゃなかったんだけど。せっかくの夜なのにムードがぶち壊しね」

「いえ、そんなこと……」

ぶち壊したのは私の方だ。

「ありがとう。もう大丈夫」

美紗子さんのその言葉で、私は自分の椅子に戻った。

「その人ね、」

言いにくそうに言葉を切った。私はじっと、美紗子さんを見つめた。目が揺れた。そのあと衝撃的な言葉を発したのだ。

「ウチの会社の子だったの」

「え!?」

私は顔面蒼白になった。固まったまましばらく動けなくなった……。


つづく・・・




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# by sousaku63 | 2017-04-07 09:53 | ポジティブプラス | Comments(0)

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私は驚きを隠せなかった。

仲のいい夫婦だと思っていたのに、そんな状態になっているなんて衝撃的だ。

「でもね、決して仲が悪いわけじゃないのよ。仕事の上では最高のパートナーだし」

「それがどうして、別居なんかに……?」

「別居はね、最初からなの。結婚してから一緒に住んだことはないのよ」

「え? そうだったんですか……」

は? なにそれ。何のために結婚したの?

「実はね、あなただから言うんだけど……」

そこまで言って副社長は言葉を切った。言いにくそうにしてから、思い切ったように口を開いた。

「あの人……ゲイなの」

「え!?」

私は絶句した。なんと言っていいか分からない。

「びっくりした?」

ビックリって、そんなレベルじゃない。私にとっては天と地がひっくり返るような事実だ。

「はぁ…… でも、なぜそんな人と結婚したんですか?」

「そう思うわよね。……早い話が世間体かな」

世間体? そんなことで結婚できちゃうもんなの?

「そのことを彼に告白されたときは、私も驚いたわよ、今のあなたみたいにね。そこであの人はこう言ってきたの。僕と結婚する代わりに、君には自由と財産をあげるってね」

「自由と財産?」

「そう。彼と同居しなくていいし、お金も自由に使っていいって。夢みたいな話でしょ。私もそのころ貧困に喘いでいたから、心が揺れてね。当時、父が借金してて、実家も大変だったの。だから愛のない結婚をすることにしたのよ」

「そうだったんですか。じゃあ夫婦生活は?」

「ないわ、一度も。私に指一本触れてこないわ」

まあ、ゲイだからね。

「副社長はそれで幸せなんですか?」

「うーん、自分でもそれを考えることがあるけど、どうなんだろう……。ただ、不幸でないことだけは確かよ。着たい服を着て、行きたい所へ行って、ある程度仕事も好きにさせてもらってる。何不自由ないから。ただ……」

ただ、なんだ? 副社長は目を伏せて、妙な間を空けた。

「愛する人がいないだけ」

それが一番悲しいと言いたげに、目を潤ませた。

社長は世間体を保つために、家庭を持ちたかった。副社長はお金が欲しかった。お互いにないものを手に入れるために、愛のない結婚をしたのだ。そして仮面夫婦を演じている。お互いの家族も騙して、何かあったときだけ夫婦としての顔を見せるのだ。

お金は有り余るほどある、自由気ままな生活をして、会社でもそれなりの地位にある。でも私は副社長が可愛そうに思えてきた。副社長の潤んだ瞳がそれを物語っている。

「ごめんなさい」と言って、副社長はティッシュで涙を拭いた。

私はそんな副社長を見て思った。この人についていこう。私が傍にいて、何でもしてあげたい。きっと一人ではダメな人なんだ。

「あのね、もう一つ、言っておきたいことがあるの」

「何ですか?」

「実は、私もね、……同性愛者なの。女しか愛せないの」

え? は? それって、……ジョーク? 

副社長のいうことは、どこまでが本当で、どこまでが冗談か分からない。じゃあ、ギブアンドテイクじゃん。お互いそれでつり合いが取れてるじゃん。

「大丈夫よ、あなたにはそういうことはしないから」

ポカンとして固まっている私に副社長は笑い交じりに言った。

ちょっと待って。そうなると状況は一変する。じゃ、副社長が私を引き抜いたのは? どういうこと? 私の才能を見込んでじゃなかったの? 性のはけ口にしたかったからなの? 

「副社長、副社長はどうして私を営業企画部から引き抜いたんですか? 自分のレズの相手に私を選んだんですか?」

「違うわよ、そうじゃない。勘違いしないで。私は本当にあなたのことを……」

「最初からおかしいと思ってたんです。私のようなヒヨっ子に目をつけるなんて。大した仕事もしてないのにマンションまで与えるなんて。これって囲われてるってことですよね」

副社長は私の頬を殴った。

「口を慎みなさい! なんてこと言うの! 私を悪く言うのは構わないけど、花沢彩を侮辱するのは赦さない。たとえ本人でもね。私があなたを囲うですって? どうしてそんなことする必要があるの? それこそお金の力を使えば、良い女はいくらでも寄ってくるのよ。私があなたを選んだのは、価値観が似ていたからなの。それは最初に会ったときに思ったの。あなたのような人材を探してたのよ。彩さんとなら会社を成長させていけると思ったの。私の性のはけ口ですって? バカ言わないで。花沢彩はそんなクズのような女じゃない」

副社長の言葉は本当にありがたいけど、私、囲われてることが嬉しいって言いたかったんだけどな……。それを言う前に殴られちゃったから。でもいい。ここはそれで感動しておこう。

「副社長、痛いです」

「あ、ごめんなさい。つい……。でも信じてね。決して不純な動機であなたを引き抜いたんじゃないのよ」

副社長は私を抱きしめてくれた。自分の本音はまたの機会に言うことにしよう。それにしてもユカリさんにも殴られたし、副社長にも殴られた。私って、殴りたくなる女なのかな……。

副社長の本音はどうなんだろう。私のことを好きじゃないのかな? 嫌いではないと思うけど、そういう相手としては見られていないのかな? 今は訊けない。タイミングが悪すぎる。

一度試してみようか。副社長の前でチョーミニのスカートでも履いて、挑発してみようかな? 会社にはそんな恰好では行けないけど、何かの機会に……。

翌日、一日だけ休んで、火曜日に私は元気に出勤した。

「彩さん、これからは私の運転手をしてくれない?」

朝一番で副社長は言った。別に改めて言わなくても運転ぐらいはする。

「はい、わかりました」

「運転手も立派な業務だから、報酬は出すからね。基本給とは別に月10万出すわ。それから今回の横浜店舗の例の「カップル割」も好評で売上が伸びたの。その分の報酬と、3日間お店に立った分もね」

「本当ですか? お店に立った分ももらえるんですか?」

「当たり前じゃない。ウチはブラック企業じゃないのよ」

いったい次の給料はいくらだろう。メチャ楽しみだ。40万にプラス10万と横浜の報酬……。よし、スイーツバイキングに行ける。

「それから例のCM制作の話だけど……」

「はい」

そうそう、それだ。この部署はCM制作部だ。それが本業なのだ。CMを作らないと話にならない。

「年明けから本格的にスタートするからね」

「わかりました」

と言ったのはいいけど、CMってどうやって作るのだろう。ま、いいか。副社長の言う通りにしていれば。

年内はあと少しだから、時間つぶしに各店舗の視察をするらしい。もちろん私の運転で店舗を回ることになる。ということは、出かけるときはいつも副社長と一緒ということだ。これからは副社長との時間が増えそうだ。

それにしても、副社長の店舗視察なんて、店舗の店長にしてみたら、いい迷惑だ。しかも抜き打ちで行くようだ。可愛そうに。

どの店舗の店長も、副社長の顔を見るなり、慌てて飛び出してきて「お疲れさまです」と挨拶をした。特に業務怠慢な店もないようだった。地域や時間帯にもよるが、入客状況はさまざまだ。

以前、私が視察に入った鳥居店長のお店も回った。客入りは安定しており、売上も右肩上がりで順調だった。

「ここ1、2カ月、いい感じに伸びてるじゃない」

売上実績表を見て、副社長が言った。

「花沢さんの指導があったからです」

鳥居店長は言った。きっと私に気を遣って言ってくれたと思う。

「指導?」

副社長は首を捻った。私は以前、この店の売上を上げる企画で一週間お店に立ったことを手短に話した。

「そういうことだったの」

「もう、鳥居店長は大袈裟なんだから」

「花沢さん見違えちゃったわね。すっかり副社長の側近になっちゃって。やっぱり出来る女だったのね」

「そんな、私はただの運転手ですよ」

顔の前で手を振って、私は言った。

「副社長、花沢さんを側近にしたのは大正解だと思います。なんといっても、このお店を立て直したんですから」

またまた大袈裟に鳥居店長は言った。

「そうね。花沢さん、期待してるわよ」

副社長は笑顔でそう言って、私の肩に手を置いた。

そのあと副社長は店内を見て回った。私はその間にこっそりと鳥居店長に訊いた。

「ところで誰か、いい人できました?」

悪戯っぽい笑みで私は言う。

「うん、できた」

「じゃあ、今は幸せなんですね」

鳥居店長は満面の笑みを浮かべて「まあね」と言った。私は肘で、鳥居店長の腕を軽く小突いた。今の鳥居店長は顔つきが全然違う。本当に幸せそうだ。

一日の視察を終えて、会社に戻ると副社長は言った。

「ねえ、お正月はどうするの? 実家へ帰るの?」

「はい、実家に行って、お墓参りだけはしたいと思います」

「そう。のんびりしてくるといいわ」

「副社長はどうされるんですか?」

「私? うーん、寝正月かな」

そうか、一人暮らしで、特にすることもないのか。聞いちゃいけなかったかな? 

「そうなんですか。私はてっきりハワイにでも行って、リッチに過ごすのかと思いました」

「一人で行ってもねぇ」

なに? その思わせぶりなセリフ。「私もお供しましょうか?」という言葉を待っているのだろうか? 自分からこの話題を振ってきたのだから、もしかしたらそうかも知れない。でも、私にはハワイに行くお金もないし、まさか自分から「費用を出してください」なんて言えないし。

「旦那さんとも別行動なんですか?」

「あっちはあっちで楽しく過ごすんじゃない?」

「恋人がいるんですか?」

「だと思う」

サバサバした表情で副社長は言う。

「副社長は今、そういう人はいないんですか?」

「いないって言ったでしょ。それともあなたがなってくれるの?」

「え、あ、いや……」

「冗談よ。なに動揺してるの、可笑しい」

副社長はそう言って笑った。「私もレズです」って言ったら、副社長はなんて言うのだろうか? すぐにでもベッドインするのだろうか? さすがにそれはないと思う。会社の女には手を出さない。そういう堅い所もある。

「じゃ、ずっとご自宅で過ごされるんですか?」

「今んとこ、そのつもり」

「私、遊びに行ってもいいですか?」

「あなた実家へ帰るんじゃないの?」

「お墓参りのついでにちょっと顔を出すだけです。休み中いるわけではありません。午前中にお墓参りだけしたら、すぐに帰ってきます」

「じゃあさ……」

副社長は急に上機嫌になった。

「一緒にハワイに行かない? 向こうに別荘があるの。そこで過ごすのはどう? 夕方の便なら間に合うでしょ?」

「嬉しいですけど、私にはそんなお金……」

「んもう……そんなの私が出すわよ全部。わかった。じゃあ、こうしよ。ハワイのコーヒー店を視察する研修にしましょ。そうすれば費用は全て会社持ちだから。あなたが私に遠慮する必要はないでしょ?」

その提案に私は賛同した。飛び切りの笑顔になる。

「それは業務命令でしょうか?」

「業務命令です!」

「それでは仕方がありません。組織の一員ですから、命令に従います!」

私はふざけて軍隊のように、直立不動になって敬礼をした。

「よろしい」

「やったー! ハワイ初めてです」

私も嬉しいが副社長も嬉しそうだった。

歳も押し迫った頃、楽しみが一つ増えた。この私がハワイ旅行に行けるなんて思ってもみなかった。この会社に入って本当によかった。もとはと言えば、横浜の仕事が私に舞い込んできたから、副社長と出会うことができたのだ。本当は登坂さんたちがやる仕事だった。それを彼女たちが問題を起こしたから、私にお鉢が回ってきたのである。かと言って、あの人たちに感謝する気はない。

ハワイ旅行まであと一週間だ。私は待ち遠してく仕方がなかった。

それも副社長と一緒だ。同じ部屋かな? 副社長に無理やりベッドに押し倒されたらどうしよう……。

「彩、好きよ、愛してるわ」

「美紗子さん、私も好きです」

そして濃厚なキスを交わす。そのあとは……。いやーどうしよ。私、ハワイで副社長のものになっちゃうかも。

な、わけないか。

あの人はレズだけど、会社の女に手を出すようなバカなことはしない。でも、わからない。夜にお酒でも呑んで、ほろ酔い気分になって、そんな雰囲気になったら…… そして私の方から迫ったら……。

酔った振りをして、強引にキスしちゃったら絶対に拒否しないと思う。酔った上での悪ふざけということなら、副社長も乗ってくるかも知れない。だって、この間だって私にキスしてくれたし。

私は自室で一人、枕を抱きしめて、そんな妄想を膨らませていた。これじゃ、変態ね。

「それでは、よいお年を」

ということで、30日から会社は一斉に休みに入った。もちろん店舗の方は年中無休なので、年末年始も営業している。私は実家にはお墓参りだけのつもりだったが、31日に実家へ帰って、一晩過ごし、午前中にお墓参りをすることにした。

「お正月ぐらい、ゆっくりできないの?」と、母に言われたが、友達とハワイ旅行に行くと言って、強引に家を出てきた。少し後ろ髪を引かれたが。

ハワイには1日から一週間の滞在予定だ。そのあいだ思いきり満喫できる。

成田空港で副社長と落ち合い、そこからは一緒に行動だ。私はこういう所はよくわからない。副社長についていくしかないのだ。成田空港から飛行機に乗って、ハワイに行くなんて、夢にも思っていなかった。

搭乗手続きを済ませて、飛行機に乗ったらもうワクワクが止まらない。

「副社長、旅行中は無礼講ですか?」

半分ジョークのつもりで私は言った。副社長は笑った。

「それでいいけど、その呼び方、やめようか」

「副社長、ですか?」

「仕事じゃないからね。美紗子でいいわ」

「わかりました。副……、じゃなくて、美紗子さん」

なんだか呼び慣れなくて微妙に緊張する。今回の旅行費用は研修扱いで会社持ちと言っていたが、恐らくそれは嘘で、全額美紗子さんのポケットマネーだろう。私に気を遣わせないために、そう言ってくれたのだ。

その思いに応えるために、思いきり楽しむぞ。

飛行機は定刻通りの時間に離陸した。この旅行で私と美紗子さんとの間に何かが起こりそうだ。

ドキドキする……。




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# by sousaku63 | 2017-04-03 12:08 | ポジティブプラス | Comments(0)

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「ちよっと失礼します」

副社長は営業マンにそう言って、隣の洋室に私を連れて入った。

「あなたは今、途轍もないプレッシャーを感じている。そうでしょ?」

「はい、そうです」

「分かるわよ。私も昔そうだったから。私もね、今のあなたと同じように、ワンルームのアパートに住んでいたの。木造の造りでね、天井裏にはネズミがいて、寝られない時もあったわ。雨が降ると雨漏りしてね。お金がなくて、食べるのも苦労した」

「副社長にもそんな時代があったんですか?」

副社長は窓の外に目を向けた。

「そんな私が今の社長に見込まれて、いきなり富裕層の生活を強いられたの。それは耐えられない重圧だったわ」

それはそうだろう。今の私がそうだ。会社の中で自分だけが特別扱いされているのだ。

「話せば長くなるけど、社長にそうしてもらって良かったと、今は思ってるの。いろんなものを犠牲にしたけど、その代わり手に入ったものもたくさんある。彩さん、一流になりなさい。あなたにはその才覚がある。私に任せて、私の言う通りにすればいいから」

一流…… 副社長に言われると、その気になってくる。勇気が湧いてきた。

「彩さん、何も考えず、今はがむしゃらに仕事をしなさい。お金はあとからついてくるから。私はあなたに何でも揃えてあげる。でも私に出来るのはそこまでよ。あとはあなたの頑張りだから。仕事をするのはあなたなのよ。いい仕事をしなさい」

マインドコントロールのようだったが、わたしは涙が出てきた。副社長が私のために、そこまでしてくれることが嬉しかった。勇気が出てきた。誰にも文句を言わせない仕事をすればいいのだ。

私は副社長の言う通りにした。場所も部屋も気に入ったので、マンションはそこに決めた。再び不動産屋に戻り、副社長は契約してくれた。家賃は39万円らしい。私が払うわけではないが。即入居可ということだった。

「引っ越しは一週間以内にしてね」

「わかりました」

決心したら私も早くそのマンションに住みたいと思った。荷物をまとめなければならない。一人暮らしなので、そんなに荷物はない。帰ってすぐに荷造りをすれば、今度の土日には引っ越しできると思う。

お部屋探しが済んだら、次は服選びだった。副社長は街へ出かけて、御用達にしているお店に連れていってくれた。

「神取様、いつもお世話になっております」

お店のオーナーらしい女性が出てきて、副社長に挨拶をした。

「この子に合うスーツを見せてくれる?」

「既成のものでよろしいですか?」

「オーダーは時間がかかるから、今回は既成でいいわ」

まったく普段しない会話だ。言っていることぐらいは分かるが、やはり微妙に緊張する。案内されたところにはたくさんのレディーススーツが掛けられていた。いろいろと見て行くが、どれにしていいか私にはよくわからない。スーツの専門店で買ったことがない。

副社長が見て選んでくれた。無難な薄いピンクのスーツだった。価格は1万5千円だった。「なんだ、大したことないじゃん」と思ったが、よく見るとゼロが1個多い。

じゅ、15万!? いやいやいや、マジ、ムリだから。そんなスーツを着て、コーヒーでもこぼしちゃった日にゃ、あーた。

「これいいじゃない。彩さんにピッタリよ。ちょっと安物だけど、これにしましょ」

や、や、ヤスモノ? これが金銭感覚の違いってやつね。

「はい、お願いします」

私は苦笑いを浮かべながら、そう言った。買ってもらう立場で文句は言えない。もう、どうにでもなれ、だ。

そのあとは靴屋さんへ行って、今度は靴だ。言うまでもない。今まで履いていた靴とは雲泥の差だ。こんなありがたい靴は、仏さまにお供えしてから履かなければ。

これで、もう終わりかなと思ったら、今度は美容室だ。そこも副社長が専門にしているところらしい。私なんかは到底縁のないお店だ。

「これはこれは神取様、いつもありがとうございます」

またまた店の店長が小走りに出てきて、丁寧にお辞儀をした。副社長はどんだけお金持ちなのだ。

「今日はこの子をお願い」

予約もしていないのに、すぐにやってもらえるのかな? と思ったら、「こちらへどうぞ」と言ってくれた。髪型も副社長が指示を出した。

どんな風になるのかな? と思っていたら、仕上がったのは大人っぽいショートボブだった。前髪無しで知的な女に見える。

おー、いいじゃんいいじゃん。

自分でもテンションが上がった。今日一日で、生まれ変わった気がした。特に髪型はまったくイメージが変わった。これで先ほどのピンクのスーツを着て、パンプスを履いたら、出来る女の完成だ。が、中味はまったく伴っていないが。

それも副社長は了承済みだろう。中味はこれから詰めていくのだ。

それから二週間が過ぎた。私は引っ越しを済ませて、優雅な生活をしていた。窓から見る夜景も素敵だった。ダイヤモンドを散りばめたような美しい景色だ。仕事の方も、今はそんなにハードスケジュールではない。

忙しくして体を壊さないようにと、副社長は早めに帰してくれる。横浜新店舗の件は、私が提案した「カップル割」の案が採用されて、具体的な企画書を作った。期間はオープン初日から3日間の金、土、日で、対象はカップルに限る。年齢は子供からお年寄りまで、男女のカップルであれば、対象商品のみ半額になるというものだった。

その他に毎週金曜日は「カップルデー」として、やはり対象商品を半額にする。

オープンが近づくにつれて、慌ただしくなってきた。2週間前にはすでにお店は完成しており、必要な機械や食器類などの搬入作業が行われた。メニューや店内のポップなどの販促物も出来上がり、スタッフの社員が手分けして作業をしている。

アルバイト教育にも余念がない。レジの打ち方、注文の取り方など事細かに説明していく。新店長の沢口さんを始め、社員スタッフはてんてこ舞いだった。沢口さんは他店では店長代理を務めており、今回はこの横浜店の店長として副社長が抜擢したラッキーボーイだった。年齢は32歳でなかなかのイケメンだ。

オープンイベントの「カップル割」は、すでにスタッフ全員に周知させている。準備は着々と進んだ。

そして、オープン初日には私もスタッフの一員として店に立った。それは副社長の指示ではなく、私が申し出たのだ。

午前10時オープン。

すでにノボリや、ポップでオープンの日を告知したあったので、店の前には列ができ、ドアを開けると、一斉にお客様がなだれこんできた。

「いらっしゃいませ!」

とびきりの笑顔で、私は率先して声を出した。他のアルバイトの見本になるように、とにかく「元気に」がモットーだ。スタートは順調で予想通りの賑わいだった。汚れたテーブルを拭いて回ったり、いっぱいになったゴミ箱の袋を回収して、新しい袋をセットしていく。お客様とぶつからないように慎重に行動する。

私が考案した「カップル割」も好評だった。それを目当てに来るカップルのお客様が多かったのも嬉しかった。副社長もにんまりだ。

私は遅番の時間帯が落ち着くまで、精力的に働いた。結局、朝の9時から夜の8時までの労働だった。忙しくて、時間を忘れるぐらいだったので、疲れなど感じなかった。

「ご苦労さま。お腹空いたでしょ」

副社長はそう言って、近くの店に食べに連れて行ってくれた。もちろん中華だ。お腹が空きすぎて、もう何でもよかった。そこではお店の話に花が咲いた。私もいろいろと感想を言った。

副社長も予想していた通りの入客にホッとしていた。食事を済ませて、オフィスに帰りついた時には10時を回っていた。

誰もいない二人だけのオフィスで、少々寂しいところだが、それでも帰ってくると落ち着く。

「コーヒー飲む?」

副社長がキッチンに向かった。

「私がやります」

「あなたは疲れてるじゃない。座ってて」

確かに疲れは否めなかった。ここは副社長に甘えることにした。ソファに座って待っていると、副社長はコーヒーを二つ淹れて、テーブルに置いてくれた。そして向かい側に座らず、私の隣に座った。

二人してコーヒーを口に含んだ。熱いコーヒーが体に沁み込んで、リラックスさせてくれた。

「はー」

と二人で溜め息をつく。

「よかったわ、たくさん来てくれて。私、不安で不安で仕方なかったのよ」

副社長は私の肩にもたれかかってきた。

「そんなことないですよ。あそこならお客さんは入りますよ」

「それでも不安だった。コケたらどうしようと思って。たくさんお金をつぎ込んで、失敗しました、じゃ済まされないもんね。彩さんがいてくれてよかった。あなたがいてくれて、どんなに心強かったか……」

副社長がこんなに弱気なところを見せるのは初めてだった。

「彩さん、ありがとう。本当にありがとうね」

副社長は私の手を両手で包んで言ってくれた。

「副社長……」

「私、どうしても横浜にお店を出したくて、でも社長は反対で、なんとか説得して、納得させたけど、もしもダメだったら、会社をクビになって、離婚もさせられるところだったの……」

副社長は涙をこぼした。

「彩さん、これからも私を支えてね。ずっと傍にいてね」

副社長は私の肩に手を回して、体を密着させてきた。ほんのりと香水の香りがしてきた。私は急に心臓が高鳴り始めた。私の肩で副社長は泣いている。私はどうしていいか分からなかった。抱きしめてあげればいいのだろうか?

私の親ぐらいの歳の副社長を慰めるなんておこがましい気もするが、構わないのだろうか? 上司に肩を貸して、泣かれたことが前にもあった。ユカリさんが息子さんを亡くしたときだった。あのときの再現のようだ。

私は副社長の背中に手を回した。年齢なんて関係ない気がしたのだ。その場の雰囲気を優先させることにした。私が抱きしめると、副社長はさらに力を込めて、私に密着してきた。

「私こそですよ。ずっと傍に置いてください。見捨てないでくださいね」

「そんなことしない。あなたを娘のように思ってるのよ」

娘……か。恋人ではなくて、ちょっと残念。

「じゃあ、私のことを見捨てないって約束してください」

「うん、約束する」

「ホントですか? じゃあ約束のキスしてください」

「ええ?」

「ヤクザの世界の杯みたいなもんです」

私は副社長の返事も聞かずに、目を閉じた。

副社長は少し戸惑ったようで、3秒ぐらい考えてから「わかったわ」と言った。

目を閉じて待っていると、柔らかい唇の感触が私を包んだ。とても幸せな気分だった。躊躇ったわりには長いキスだった。

「これで私とあなたは運命共同体ね」

唇を離すと、副社長は言った。

「はい、最強のコンビですよ」

「うん、そうね。キスなんかしたの、久しぶりだわ」

私から離れると、サバサバした感じで副社長は言った。横浜の新店舗で初めて副社長と出会ったときに、まさかこの人とキスが出来るなんて思ってもみなかった。

「すいません、女同士で。気持ち悪いですよね?」

「ううん、そんなことないわよ」

副社長は再びコーヒーを飲み始めた。

「旦那さんとはしないんですか?」

「んん! しないしない」

とんでもないという感じで、副社長は顔の前で手を振った。

「もう何年もしてないわよ」

「ええ? そうなんですか」

そう言えば、社長と副社長の間に子供はいないと聞いている。

「さあ、今日はもう帰りましょ。明日もあるから」

オープンから3日間は、私はお店に立つことになっている。副社長もお店に入る。自分が出店した店なのだから放ってはおけない。あとで聞いた話だが、横浜に店を出すという構想は3年前からあったそうだ。その頃から少しずつ準備を進めて、今回のオープンにこぎつけたのだから、店に対する思いは絶大だろう。

「あの、さっき私のこと娘だと言いましたよね?」

「うん?」

「甘えていいですか? あと2日お店に出ますから、月曜日は休んでいいですか?」

「ああ、なんだそんなこと? いいわよ。ゆっくり休んでちょうだい」

翌日土曜日も日曜日もお店は大盛況だった。目標売上額の50万を難なく超えた。これは予想外の嬉しい悲鳴だ。日曜日には社長も顔を出してくれた。そして、夏目さんを始め、上田さんも坂上君も来てくれたのだ。私には懐かしい顔ぶれで、かなり嬉しいサプライズだった。

「俺と夏目さんはカップルだからね」

坂上君はそう言って、カップル割を希望した。夏目さんと上田さんの両方からツッコミが入った。久しぶりの微笑ましい光景に私の顔はほころんだ。

「部長に会った?」

夏目さんが言った。

「いいえ、見てませんけど」

「あれ? さっき見かけたんだけどな」

ユカリさんも来てくれたんだ。きっと遠くから私の元気な姿を見てくれているのだろう。それが一番嬉しいサプライズだった。

お店は午後8時で切り上げた。あとは遅番に任せることにした。

「彩さん、お疲れさま。もう少し私に付き合ってくれない?」

帰りの車の中で、副社長は言った。

「はい、いいですけど……どこに行くんですか?」

「ウチで打ち上げをしたいの」

うちで、うちあげ? ダジャレか?

「副社長のお宅でですか? でも、社長もいらっしゃるんじゃ?」

「いないわよ。私とあなたの2人だけよ」

それなら気を遣わなくていい。やった! 副社長の豪邸に行ける。ということはアルコールも多少は飲むかな? どうしよう、このあいだのように酔ってしまったら。まさか副社長のおっぱいに触るわけにはいかない。

本当はどこかのお店でも予約して、美味しい料理を食べたいと言っていたが、夜なので、あまり時間が取れない。それでは落ち着かないので、副社長の自宅にしたそうだった。

1時間半ほどで、副社長の自宅に着いた。豪邸には程遠い……というか、マンションだった。ここが社長夫妻のお宅?

「ここ……ですか?」

と私は、つい言ってしまった。

「そうよ、豪邸にでも住んでると思った?」

はい。ここもいいマンションだが、私のイメージでは広い庭があって、そこにはプールがあり、ゴールデンレトリーバーでも飼っている。そんなお宅を想像していた。

が、まさかの集合住宅……。

車から降りて、副社長の後に付いていく。エレベータで5階に上がり、ドアを開けて招き入れてくれた。

「さあ、どうぞ。あがって」

「お邪魔しまーす」

どこを見ても社長の姿はない。玄関を見て、私は違和感を感じた。

広いリビングには、輸入家具のようなソファとテーブルが置かれていた。この辺りは副社長らしい。その高級ソファを私に勧めてくれた。副社長はキッチンに立って、簡単に手料理を準備している。

30分ほど待たされて、ようやく食事にありつけた。お皿に盛ったお料理をテーブルに並べた。そしてワイングラスとワインも置く。ボトルの栓を抜き、二つのグラスに注ぎ、一つを私に渡してくれた。

「乾杯」

グラスをカチンと合わせる。

「さあ、食べて」

「いただきます」

お腹ペコペコだ。私は遠慮なくご馳走を頂くことにした。二人ともお腹が空いていたようで、わずか10分ほどでペロリと平らげてしまった。ワインを飲みながらなので、顔は火照っている。

「あー、ごちそうさまでした。もうお腹いっぱいです」

副社長の前だが、私はぐでんと背もたれにもたれてしまった。

「疲れたでしょ。ゆっくりしていいのよ」

副社長はワインを口に含んだ。

「ここに社長と住んでるんですか?」

しばらく経ってから、私は言った。すると副社長は首を横に振った。

「あの人はいないの」

「え? いないって……」

「ここには一人で住んでるの」

え? どゆこと?

「そうなんですか?」

「そうなの。別居してるのよ」

別居? えー、そんな状態なの? 社長と副社長がそんな状態で、この会社、大丈夫?


つづく・・・



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# by sousaku63 | 2017-03-31 11:36 | ポジティブプラス | Comments(0)